東日本大震災 被災地支援チーム SAVE IWATE

2011年3月11日(金)14時46分頃、東日本大震災が発生しました。岩手県の三陸沿岸地域は甚大な被害を受けました。この災害に対し、民間レベルでできる支援活動に取り組みたいと考え、県内在住有志で「SAVE IWATE」を立ち上げました。

カテゴリーアーカイブ: メッセージ

被災地からの言葉

沿岸の仮設住宅に住んでいらっしゃる方より、私どもにメールをいただきました。
その方は頻繁に盛岡にいらっしゃって、買い出しなどされているようです。
メールのやり取りをする中で、このようなお言葉をいただきました。

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仮設では、底冷えのような、地面から来る寒さが厳しくなり始めています。
(実際、カーペットや畳を上げると、ただのベニヤ板だけでした。)
お年寄り達は、冬の心配をしています。

盛岡で普通に街中を歩いている人、楽しそうな家族連れなどを見ると幸せな気持ちになります。
一瞬でも同じ感覚を味わえるというか。

本当にありがたくて、食べ物さえ無い、あの状況を・・・生きていけるかどうかを救ってくれた、その気持ちはずっと残ると思います。
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盛岡に来ると幸せな気持ちになれる、このお言葉には少なからず衝撃を受けました。

被災地で生活されている方からは、まだまだ不便や心労の声を多く聞きます。
私どもの配送スタッフの話では、沿岸から盛岡へ帰ってくる度、生活のギャップに心苦しくなるそうです。
実際に、仮設に住んでいる方の中には、気が滅入っていて、スタッフに強く当たる方もおられるのが現実です。
ですので私個人としては、恨み言のひとつでも言われて当然と思っていたのです。

日頃よりご協力いただいている全国各地の皆様に、ぜひこの感謝の言葉をお伝えしたいと思い、記事にいたしました。
皆様のご協力があってこそです。本当に本当にありがとうございます。

さらにこの方のお言葉をお借りしますと、
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私達だけで復興していくのはまだ無理です。まだ支援が必要です。
申し訳ない気持ちでいっぱいですが、これからもよろしくお願いします。
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報道では徐々に復興する様子が取り上げられることが多くなってきましたが、これが本当のところなのではないでしょうか?
どうか息の長いご支援を、よろしくお願いいたします。

文責:佐藤

折り鶴にねがいを込めて エジプトより

エジプト カイロから活動支援金をいただきました。メールも届きましたのでご紹介いたします。

初めまして。エジプト・カイロ在住の貫洞麻子と申します。
今日、東京の知人を通じて
The American International School in Egypt- Cairo Westの名前で
少額ではありますが、活動支援金を振り込ませていただきました。
簡単にですが、今回のお金の経緯を説明したく、メールする次第です。

今月初め、小学3年生の息子の学校でInternational Festival Dayという
学校祭のような催しがありました。
父兄が手作りの食品を売ったり、子どもたちがゲームコーナーを作ったりして、
その日の収益を全額エジプトの恵まれない地域を支援する団体に寄付する
というイベントです。

この中に特別にブースを設けてもらい、募金活動を致しました。
募金をしてくれた方には折り鶴を教え、または差し上げ、
それぞれに名前とメッセージをお願いし、千羽鶴になるようつなげました。
そんなわけで、今回お送りするお金のほとんどは
子どもたちからの少額のお札が集まったものです。

千羽鶴の方は引き続き、学校の授業の中で
被災された方へ想いを馳せる時間を作っていただき
子どもたちにメッセージを書いてもらっています。
いずれ、こちらも(千羽には届かないかもしれませんが)
お渡しできればと思っています。
学校からは
「名の知れた大きな組織は、送る宛のない人たちが寄付金を送る場所。
私たちはあなたたちのことをよく知っているのだから
あなたたちのよく知る人たちが身を粉にして支援を行っている場所にこそ
お金を送るべきだ」と快諾してもらい
こうして今日、SAVE IWATEにお送りすることができました。

私たち家族は昨年3月末まで盛岡の中津川べりに住んでおりました。
(SAVE IWATEの活動拠点はかつての徒歩圏にあり、知人も多く参加しております)。

岩手に暮らした期間は2年半と短かったですが
どこへ行っても、どなたに会っても
いつもすがすがしく、それでいてあたたかな気持ちになり
家族全員、岩手が大好きになりました。
上の息子は岩手が自分の故郷と思っているぐらいです。

こちらでもできることを、日々模索しています。
今回は、その最初の一歩だと思っています。
わずかではありますが、お役に立てば幸いです。

                                   2011-04-19

今日も息子の学校の小さい子どもたちの授業にゲストとして参加してきました。
改めて、地震と津波の被災地の人々のことを想い
祈りと励ましを込めたメッセージを一人一人が鶴に込め
それを私が子どもたちの前で糸に通していきました。
どの子たちも瞳を輝かせてその作業に見入っていました。

「日本に行ったことがないから」
「日本には友達がいないから」書けない、と悩む子どもたちに
「あなたたちがもしあそこにいて、家を失い、友達も見つからなくて
辛い思いをしていたら、どんな言葉をかけてほしいかな」と先生が問いかけると
「エジプトにおいでよ!」「ぼくんちにとまっていいよ」などの声が上がり(笑)
やがて「早くいろいろなことがよくなりますように」
「いつもあなたたちのことを思っています」とやさしい言葉が聞こえてきました。
そばにいて、その気持ちが本当にありがたくて、思わず泣けました。
もちろん、しんみりせずに、その後はみんなで折り紙を折って
カエルやら蝶やらを跳ばして遊びましたが。

遠くからですが、みんなで応援しています。
どうぞ、SAVE IWATEのみなさまも、お体を大切に。

                                 2011-04-21

兵庫からのメッセージ

本日、SAVE IWATE 宛てにメッセージが届きました。
本人様の了承が得られましたので、みなさんにもご紹介します。

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はじめまして。兵庫県に住む石見と申します。

被災された方から被災された方へ宛てたメッセージを読ませていただきました。
涙が溢れました。
ツライ目に遭っているのに、なんて謙虚で健気で心優しいのだろうと、感動した反面、
頑張り過ぎないでほしいと思ったのと、被災者だけで頑張ってしまわないで、私達にも出る幕を与えてほしい、手伝わせてほしいと、悲しくなりました。

私も16年前の阪神淡路大震災で被災しました。
あの時と大きく違うのが、被災者の声が出ていないことのように感じます。
関西人と東北人の県民性が大きく違うからだと思いますが、
「忍耐強く謙虚で地域の繋がりが強い」
そこが東北の方のとても良いところで、愛されるところなのですが、
そのことが被災地以外の人達に真実を伝えずらくなっているように感じます。

「家が流されなかっただけ有り難い」
「命があるだけ有り難い」
もちろんそういった部分もあるのだと思いますが、でもいま送っている生活は普通ではないのです。
人間には権利があって、主張していいのです。
みんなと同じような生活をしないといけないのです。

我慢や遠慮をしていると、被災地の惨状や不自由な生活を送っていることが、他県に伝わらず、
「もう大丈夫なんだ」
「もう復興に向かっていて、あとは自分達だけでなんとかやっていけるんだね」
「もう私達も普段どおりの生活に戻ろう。物資も足りてるみたいだし、募金ももうしなくてもいいか。」
ってなってしまいます。

現在、被災地以外の地域では、テレビやラジオも震災の報道が減り、バラエティー番組とか普通の番組が放送されていて、
ニュースも原発の話題が多いですし、被災地は復興に向かっていると言って被災者の方の笑顔が放送されています。
私は阪神の震災で被災したので、こんなに酷い災害ですぐに復興するわけはない。
物資も物の偏りがあり多い物もあれば少ない物のあるし、貰えていない被災者の方もいる。と思っています。

ですが、情報が乏しいことや報道の演出のされ方等で、真実がわからず、被災したことのある私達でも
「もう大丈夫なのかなぁ」って思ってしまいます。
このままだと被災地への支援が減っていってしまいますし、関心も薄れてしまいます。
それがとても不安で怖いです。

私達も16年前、サリン事件に話題を奪われ、其方退けにされ、悲しく寂しく虚しい思いをしました。
あの時の私達のような思いを東北の方にはさせたくない。
関心を持ち続けよう。
支援し続けよう。
いつも東北の方のことを考えるようにしよう。
と思っていますが、報道の少なさや真実が伝わってきていないことにより、心が折れそうになっています。

そんな時、今日ツイッターからこちらのホームページの情報が入ってきました。
県外ボランティアは受付ない。個人からの物資は受け付けない。新品じゃないと受け付けない。等言われているご時世に、
こちらの活動は寛大で、心が温まりました。

なぜそこまで寛大にできるのだろうと不思議に思います。
たくさんの物品を受け入れたり、中古品を受け入れたり、他県の人を受け入れたりすると、そちらの負担が増えてしまうかと思います。
大丈夫なのでしょうか。
そんなリスクを背負ってまで、被災者の方を救おうとされているお気持ちに感動と感謝いたします。

私達は、東北の方のお力になりたいと思っています。
できることは小さいのですが、何か力になりたい。東北の方を助けたいと思っています。
そんな気持ちを萎えさせてしまう現在の環境に、救世主のように現れた「SAVE IWATE」さま、大変有り難く感謝しております。

義援金はすでに日本赤十字等に、我が家の生活でできる最大限の額をしました。
でももっと力になりたい。
ならなきゃいけないと思っていますが、子供も家庭も仕事もありますので、ボランティアには行けません。
お金ももうありません。
できることと言えば、家にあるものを送ることぐらいです。
そんな小さな力ですが、受け止めてくださると大変有り難いです。

いま切に願うのは、被災地の声を聞かせてほしいです。
真実を教えてほしいです。
してほしいこと。
必要なこと。
遠慮なく教えてほしいです。

ある人に言われました。
「それぞれに役割がある。迷惑をかけてはいけないと自分が頑張り過ぎてしまうことは、その人の役割を奪ってしまうんだよ。
だから頑張り過ぎないで頼りなさい。それが本当に相手を思いやることになる。」

私達被災地ではない者にとっての役割は、被災地と被災者の方を支援することです。
私達にその役割をさせてください。

人に頼ることは、迷惑でも、格好悪いことでも、弱いことでもないのです。
思いやりという気持ちを救うのです。
どうぞ、日本国民みんなは親戚家族と同じなんだ、同じように心配し力になってくれるんだと思ってください。

信じてください。

お忙しいところを長々と申し訳ございません。
機会がありましたら、私のこのような思いを被災地の方にお伝えしていただけましたら幸いです。

被災県でありながら支援活動をされて、とても大変だと思いますが、どうぞお体にはお気をつけて、頑張ってくださいね。
私達もお手伝いさせていただきたいと思っていますので、何でも仰ってくださいね。
応援しています!
一緒に頑張りましょう!

石見

シャルル・マルタ君からの、応援メッセージ

2004年12月のインド洋・スマトラ沖大地震・津波の際、当時岩手大学に在籍していた留学生たちが盛岡で 募金活動を行ない義援金を原資として「岩手・アチェ奨学金」を作り、最も被害のひどかったスマトラ島の アチェ地方の子どもたちに援助を行ないました。シャルル・マルタ君は、この活動にインドネシア側から関わりました。岩手大学の恩師 岡崎先生にメッセージが届きましたのでご紹介します。

Syahrur Marta より
いつもお世話になりました。
お元気でしょうか。
メールをありがとうございました。返事は遅れて申し訳ございません。
さて、このたびの東北地方の地震と大津波にあたって、うちの学生は様々な活動を行うことを報告いたします。
プジョさんからお聞きになったかもしれませんが、募金活動や応援メッセージ作成などしました。
その活動の写真や動画はこちらのメールに添付します。応援メッセージの動画リンクは http://www.youtube.com/watch?v=XOwQKKuyKMg です。
よろしかったらどうぞごらんになってください。
私たちの応援や気持ちが被害を受けた岩手県の方々に届くように期待しています。では、ご活躍をお祈りいたします。

                      シャルル マルタ

2005~08年岩手大学大学院に在籍したシャルル・マルタさん(インドネシア)からの、応援メッセージでした。彼の現在の勤務先は、インドネシア・スラバヤのアイランガ大学・日本文化学科です。

被災者から被災者へ

被災者から被災者へのメッセージ。内陸部の避難施設の掲示板より。

 何をする?どうする? 
  考えたり行動する前に、まず、頭の中を整理する。
   
  世の中に何も無い事はない。 
  そう思っている時点で、頭の中に 
  別の何かが生まれてる。 
  ただ、それを上手く形にできないだけ。
   
  待っていて怒るなら、自分から動けば早くなる。
  それが、動く事ができないなら 
  言葉を口にすれば、相手に伝わる。
  愚痴を言うエネルギーがあるなら、
  それを別の所で活かすといい。  
   
  押してもダメなら引いてみる。 
  それでもダメなら横にする。 
  きっと何かやり方がある。  
   
  初めは何もなかった。皆そこから始まった。
   
  無くした 物は大きく多い。 
  でも、ゼロになっただけで新たに 
  手にした物も、きっと何かあるはず。
   
 これだけの災害なのだから、 
  「俺が一番酷かった」 
  「私が一番辛かった」 
  と強弱をつけるのではなく、 
  皆が同じ位置にいると思えば 
  隣同士、自然に手と手を 
  取り合えるはず。  
   
  「ガンバッテ!」と声をかけられると
  「何も無いんだ、どう何を頑張ればいいんだ」と
  怒る前に、 
  では自分の立場が逆だったら 
  あなたは何と声をかけますか? 
  そう思えば、相手の一声は 
  とても有難いものになる。  
   
  前に進む、進む、進む。 
  いずれ何かにぶち当る。 
  それをなんとかする者、乗り越える者、
  でも行き当たってしまったのなら 
  1歩さがって別の道を行くというのも
  一つの考え方なのかも。  
   
  あの人の考え、行動はおもしろくないと思うのではなく
  「こういう考え方もあるのか」ととらえれば良い。
   
  便利な世の中、それに慣れた人々でも、
  不便だったからこそ、人々は便利を得た。
    
 ダメだと思う時は、まだ頭の中のどこかに
  考えがねむっているはず。  
   
  言葉や想いに力がないのはあたりまえ。
  ただ、そう思うのではなく言葉を目で見て
  耳で聞き、それを心で受けとめ 
  そして、身体を何か動かす。 
  それが初めての力の第一歩になる。 
   
  あたり前と思うのではなく 
  有り難いと思う事。  
   
  子供達がうるさいと思うあなたも 
  昔は同じ子供だった。  
   
  避難所で救護や介護をしてくださる者に
  姿勢があるならば、 
  それらを受ける被災者側にも 
  それなりの礼儀と姿勢があるはず。
  それが、言葉にしない感謝へとむすびつく。
   
  人がもう一人いれば、 
  そこから何でも全てが 
  集団行動。 
  
  
  ここまで読んで、良く思う方、悪く思う方、
  その何かを感じた気持ちが「活力」です。
  それをあるべき所へ向けてください。 
 
   
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これを書いた方は、火の迫る海の中を2日間漂った末に救出されて
盛岡の日赤に搬送されました。そして、復興のために何かをするべく、先日地元に戻られたそうです。許可を頂いて掲載しました。

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