東日本大震災 被災地支援チーム SAVE IWATE

2011年3月11日(金)14時46分頃、東日本大震災が発生しました。岩手県の三陸沿岸地域は甚大な被害を受けました。この災害に対し、民間レベルでできる支援活動に取り組みたいと考え、県内在住有志で「SAVE IWATE」を立ち上げました。

ら・マロン 巡演送迎

 

それは演奏と呼ぶにふさわしい、アマチュア音楽ユニット「ら・マロン」のお二人による慰問公演が行われました。

 

兵庫県加古川市より来盛の足で支援センターを会場に15曲を披露し、翌日は宮古市田老地域4か所で各々15曲程度を

それぞれ、1本の列車が眼前の通過するように前奏、間奏、エンディングまでと丁寧を身上とした演奏会です。

 

田老保育所ではギターの濱野憲二さんが園児にむかって、

「つぎはでんでんむしの唄、大きな声で歌ってや。ところでみなさんお家でツノを隠しているのはだれでしょう?」

マンドリンの黒石眞知子さんは間髪を入れず、

「それいいから、もう」

「えー、すんなりと行きましょか」

演奏が終わると、

「一瞬のうちに終わってしまいました」

 

お二人は10年来の演奏活動を続けられていることから、コメントの間合いも観客を引き込みました。そうかと云えば

黒石さんの楽器が踏切警報音を披露して、濱野さん曰く、

「みなさんこの音判ります?踏切やねん。ああそうですか、ここら踏切ないんですか」

そういうつぶやきも会場の気配に溶け込んでいきます。

 

大人向けのレパートリーはちょっと古い歌謡曲を網羅して聞く者を充足させ、仮設集会所では住民の方から、

「疲れませんか、先生方ギター弾いて疲れませんか。水差し上げましょうか」

「いえいえ、いつもこうやってますねん。それに先生あらしまへん、普通のおっちゃんとおばちゃんですねん、

次行きましょか、大きな声で歌ってや。曲は、いつでも夢を」

 

この日は田老4か所で計56曲を演奏したのにもかかわらず、乱れや息切れが一切ないばかりか驚いたことに、

夜は宮古市内の喫茶店でビールを舐めながら、8曲のリクエストに応えて店内を沸かせたサービス満点の演奏会

となり、思うに今日の演奏交流は同情を交えず、示さなかった配慮が豊かな余韻を残してくれたようです。

 

12日、盛岡駅前でこれから新幹線に向かう濱野さんから、握手を求められました。

その手を包むように触れ、

「演奏家ですから握手に力は入れませんでした、その手を大切になさって下さい」

「ありがと、けど違いますねん、わたしら普通のおっちゃんとおばちゃんですねん、そう気を遣わんといてください、

ほんまにありがとう、被災地のことも教えてもろたし、みなさんに逢えて愉しかったですわ」

(鈴木智太郎)

 

※今回の公演にあたり兵庫県加古川市の一般社団法人シミンズシーズ代表 田中茂様、ならびに

特定非営利活動法人 立ち上がるぞ!宮古市田老(NPO田老)理事長 大棒秀一様のご尽力を頂きました。

 

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