東日本大震災 被災地支援チーム SAVE IWATE

2011年3月11日(金)14時46分頃、東日本大震災が発生しました。岩手県の三陸沿岸地域は甚大な被害を受けました。この災害に対し、民間レベルでできる支援活動に取り組みたいと考え、県内在住有志で「SAVE IWATE」を立ち上げました。

番屋日報2/10より転載します

長男と末っ子を連れて峠を越えて避難しました。真ん中の子は大槌の保育園、通行止めで
進めず引き取れない、3日後になって迎えに行ったら情報があやふやで街中探したけど見つから
ない、火災もあったから半ば諦めていたら知人に会い保育園児は運動公園付近に居るかもと
聞かされ、行ってみたら元気に遊んでました。迎えは私が一番遅かったです。
避難所は寒く子供、大人が変な咳をするようになりこれじゃだめだな、と思い切って16日に
盛岡へ移りました。
大勢の方が被害に遭われて。逃げてほしかったです。

父が体が弱く介護が必要でどうしたらいいか悩んでます、みなし仮設の期限は1年、収入のない
人がどうやっていくのか。今私の両親は行き詰っています、支援して頂けるのであれば。
これから育っていく子ども達のために仕事はきつい時もありますが、頑張っていきます。
実家は流されてます、家を建て子どもに残したい。みなし仮設に居るとふっとホームレスに
なっている気がします、義援金支援金があるじゃないかと周りにはそう云う人がいますが、
そうじゃないんですよ、重い荷物を背負い続けているようです。

仕事中に津波に追われている記憶が蘇るんですよ。1人で居る時、涙が出てしまうんです。
妻も同じだそうです。変な話ですけど仕事に集中していると、津波のその時に帰ってしまう、
ぱっと帰ってしまい子ども達は大丈夫か、両親は、友人たちはどうなるかと本気になって
心配してしまう、ここは盛岡だと判ってるのに。
(30代男性 釜石市より)

 

まとめ/文責 鈴木智太郎

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