東日本大震災 被災地支援チーム SAVE IWATE

2011年3月11日(金)14時46分頃、東日本大震災が発生しました。岩手県の三陸沿岸地域は甚大な被害を受けました。この災害に対し、民間レベルでできる支援活動に取り組みたいと考え、県内在住有志で「SAVE IWATE」を立ち上げました。

番屋日報1/6より転載します。

私と上の子どもが昼寝から覚めて間もなくですね。本震は室内で立てない位で外に逃げて、
収まって中に入って、余震で外に避難、その繰り返しでしたね、すぐに逃げなければいけなか
ったのですけど、そのうち祖父と祖母が帰って来て、そうしたら近所の方が2階の窓から、
津波が来る、逃げてって。車に4人、私のお腹にはふたりめの子どもで5人、走り始めてすぐ
浪に呑まれました。後に判ったのは、この地域は直接の津波と山にぶつかって帰ってきた
津波、ふたつが襲ったのです。

私たちの車は流されて木に刺さり止まりました。浪はまだ動いていて、前席の祖母は窓から、
後ろの子どもと私はスライドドアから、水没している車内の沈んでいる祖父がそれぞれの
背中を押し上げてくれたから脱出できて、祖父もその後一緒に木によじ登り助かりました。
シャフト、というのが枝に掛かっていたようです、けっこう流されてからです。
漂流物を頼りに移動して、知らない方の家の2階へ移り救助を待ち、小舟が来てくれました。
上陸する場を探してぐるぐる廻り、堤防に降ろされたと覚えてます。

自宅から3軒向うのおじいちゃん、おばあちゃんは助かり、歩いて避難していた3歳と10か月
のお子さんお二人とお母さんは亡くなったと聞きました。

家の事、細かい事、あらお重箱があったのにないわ、そんな事まで日々の生活で積み上げて
来て流され失った物に祖母は今でもこだわっています。知人を失ったのも大きいと思います。
私たちは二人になった子どもを考えると海の近くは嫌です。祖母は海は嫌だけど昔からの
付き合いがあると云い、元の場所には再建できないという方針が出たので、次を探している
最中です。これからも一緒に住むので、お互いの歩み寄りで決めて行きたいですね。
(40代女性 宮古市在住)

Comments are closed.

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。