東日本大震災 被災地支援チーム SAVE IWATE

2011年3月11日(金)14時46分頃、東日本大震災が発生しました。岩手県の三陸沿岸地域は甚大な被害を受けました。この災害に対し、民間レベルでできる支援活動に取り組みたいと考え、県内在住有志で「SAVE IWATE」を立ち上げました。

番屋日報12月27日を転載します。

番屋の鈴木智太郎です。
今年最後の番屋日報をお伝えします。
■本日のお渡し:11件 (内陸:9件 沿岸:2件)

沿岸 仮設:1  自宅:1

内陸 公的賃貸:3  民間賃貸:2  自宅:3  息子娘宅:1
●内陸避難者の声
・仲間との忘年会が愉しく、次は温泉旅行を。
(60代女性 釜石市より)

・近所の方とカラオケを楽しめる盛岡は通院にも便利。
娘も暮らしている事から住み続けたい。
(70代女性 大槌町より)

・冬季の灯油代がかさみ困る。子供の成長には内陸を選ぶ。
(30代女性 釜石市より)

・お茶っこ会や温泉旅行に参加したい。リース作りは愉しかった。
かかり付けの病院の都合があり、これからも盛岡に住む。
(70代女性 大槌町より)

・津波の第一波で家族全員腰まで水に浸かり、衣類、食べるものもなく避難所で
寒さを凌いで、あの日は寒かった、それから2週間そこに居て親戚宅近くの避難所
に移動、食事やお風呂を頂きそこには3日いました。盛岡近郊の娘のアパートに移り
ました。そのまま近所に部屋を借りて、自転車で市内を廻り土地、住む所を探し、
家電も揃えたりしました。

テレビを見ると仮設住宅の人はいろいろ支援を受けていて、みなし仮設にはなにも
来ない、羨ましいと思いました。けれど家族に通院が必要な者がいて盛岡に自宅を
建てた今は、それで良かったと思ってます。
沿岸に住みなれた私達には盛岡の冬の寒さと、除雪、あれは辛いねぇ。夏の暑さにも
驚いた。

自宅跡地は嵩上げになるようで宅地ではなく商業地域になるようで、そこが売れれば
いいな、盛岡の自宅と二重の固定資産税が掛かるのかと悩みでもあり、心配でもあり、
与党が変わってどう変わるのか。

いまでも3.11、あの日を思い出すよ、そしてこの歳になってこんなに苦労するとは
思わなかったですわ。
(70代男性 陸前高田市より)

・盛岡は寒い寒い、私達被災後に仙台市内に住もうと探したのですが家賃が高くて。
家賃や物価が安めの盛岡に来ました。
地元にはもう戻れないんじゃないか、自宅跡の処置がどうなるか、出来れば住みたい、
流された自宅はローンを払い終えてさあこれから、という時の被災だったから様子を
みている状態です。震災をテレビで流します、見ると胃の調子が悪くなる、地震、
来なければいい。
支援にはいつも感謝しています、少しの方でも支援してくれる人がいると思うと。
(70代男性 気仙沼市より)

・盛岡の人はやさしくない、と感じる時があります。不動産屋さんは中古物件を探している
私たちに、買った後のメンテナンスが大変ですよ、あなた方には買えないでしょうと云い、
購入諸経費に関する説明を求めると、それは書面に書いてある通りです、と。
情報を出してくれないのです。正直そんな会社、そんな社員からは買いたくないです。
銀行も同じ、被災者向けの融資制度があるのに、薦めない、隠して話を進めようとする。

支援窓口はなんでも聞いて下さい、というけど聞くと答えられなくて。
助けてほしい時に助けてくれない窓口だなぁって。

けど色々ありましたが、皆さんの力に支えられてここまで来ることが出来ました。
楽しいお正月をお過ごし下さい。今年一年、大変お疲れさまでした。
(50代女性 山田町より)

●沿岸居住者の声
・仮設が狭く、何年住めるか。土地があれば自分で家を建てる。
(50代男性 田野畑村在住)

・知人が近所にはおらず商店にも遠い。イベント等は土日の開催で、私は仕事がある。
孫がバレー試合で勝って喜んだ。日用品の支援を続けてほしい。
(60代男性 宮古市在住)
■明日からの予定
全体
・年末年始休暇は12月28日(金)~1月3日(木)です。

・1月4日(金)から営業致します。
■来番のみなさん
・沿岸から3人。
・内陸より14人。
・本日のボランティア参加人数延べ18人、計35人でした。

・作業は番屋対応、倉庫管理作業、羅針盤作業を行いました。
今年度新規登録を頂いたボランティアの方は、今日までで約600名に上りました。
みなさんの行き届いた仕事ぶりに心から感謝申しあげます。

 

 

 

Comments are closed.

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。