東日本大震災 被災地支援チーム SAVE IWATE

2011年3月11日(金)14時46分頃、東日本大震災が発生しました。岩手県の三陸沿岸地域は甚大な被害を受けました。この災害に対し、民間レベルでできる支援活動に取り組みたいと考え、県内在住有志で「SAVE IWATE」を立ち上げました。

配送報告9/8

宮古地域で伺いました。

立っていられない揺れでした。
津波来るな、と。

すぐにデイサービスの利用者60人と職員40人が、5台の
バスに分乗して高台へ昇りました。
戻ったのが夜9時頃、皆帰宅できる状況ではなくて、人数分の
食料の確保をしました、パン・おにぎりをひとりに1つ、それでも
時間がかかりました。

街がどのようになったか、判らないままここを動けない。

ラジオは何メートルの津波、と伝えても市内の被災規模が
イメージ出来ない、大きいのが来たな、という感覚。

余震が続いて不安でしたけど、職員として、今いるデイサービス
の人たちを何とかしなきゃいけない。
そして被災した街のため、災害ボランティアもやらなけりゃ。
気持ちは自然とそう考えていました。

このセンターは現場の声と所長の判断で13日に動き始めました。
県・市には連絡が取れない状態だったからです。

それからの情報収集は自転車です。
市内を走り廻りながら、電話が復旧したら忙しくなるだろう、そんな事
を感じながら。

市内のボランティアさんがたくさん来てくれて、中学、高校生の皆が頼もしく
思えました、グループ分けして街に送り出したのですが、危険な場所も
あったのを安全にまとめてくれたリーダーボラの存在は大きく、嬉しかった
です。

7月頃から始まり、9月から多くなった被災者の方への傾聴、内的支援は
ストレスを感じましたが、そのうえで私たちに何ができるか、を自問し、それが
日々の対応、ボランティアさんの指導につながっていきました。

今はむずかしい。
これまでの復興は全国の人から。
これからは市民主体、住民が自分でやろうとするのをお手伝い出来るか。
地域で動かなければカタチとして現れないから、長期に亘っての活動だとおもう。

夢ですか・・・さいきんよく受ける質問です。
・・・ボラセンに若い人が集まって地域のことを考えて実行していく。
それは、明るい街なんだろうな。

支援の捉え方を間違えると、ちがう方向に。
それをいかにブレないで・・・・・・・

むつかしい・・・・

     聞き取り日 9/8
                        まとめ/文責  鈴木智太郎

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