東日本大震災 被災地支援チーム SAVE IWATE

2011年3月11日(金)14時46分頃、東日本大震災が発生しました。岩手県の三陸沿岸地域は甚大な被害を受けました。この災害に対し、民間レベルでできる支援活動に取り組みたいと考え、県内在住有志で「SAVE IWATE」を立ち上げました。

聞き取り報告 8月10日

野田地域で伺いました。

年度末で納期に追われてたから、自宅兼事務所で
前日も徹夜で仕事していました。

揺れでロッカーを押さえてました、倒れたら仕事できないから。
家は皿1枚も割れなかったです、けど家族は車で避難させました。
そして消防団に出て、街の真ん中の大鳥居の前で避難誘導です。

バリバリバリバリ、と音が響いて、見ると土煙が立って土の塊が家を
巻き込んで流れてくる、多くの古い木造家屋が壊れて流れてくる。
その向こうに、浜の松並木をこえた飛沫が見えました。

高台の神社から裏山に走って。広がってたのは街の惨状です。
家屋やらが大鳥居付近におっかぶさるように詰まってる。今も柱に跡が残ってます。
近くから、助けてくれ、と声が聞こえる、けど無理だったです。水とガレキ、道具もない。
現実的でないもの、映画を見ている気がしました。

翌日から37人の行方不明者の捜索。けど、消防団は交通整理や資材の片付けくらい。
私は捜索に集中出来ません、知り合いが亡くなってるから。
自衛隊や警察の捜索力はすごいと思った、気力がよっぽどでないと持たないでしょう。

水が引けてから1か月近く、20年以上のデータを収めたパソコンを探して、やっと川底に
見つけて、東京、九州の業者にデータ復旧を頼んだのですが、塩水がダメにしたみたいでした。

余震が続いて津波警報が鳴って落ち着かない。報道関係は警報が流れてもカメラを構えて
動かない。頭にきて叫んだりすると、叫んでるのを撮るんです。
この野郎、って思ったり。
役場の壁に行方不明者の名前が貼られる、私も不明扱いにされてて、いない事になってる。
対策本部に毎日顔出してるのに、いないって、おい毎日来てるだろって。
笑い話です。

震災後、年寄が亡くなっても葬儀する場所がない訳です。
仮設からは出せないし、そういう人は無念があるんじゃないかな、自分の家から出せなかった事。
今まで頑張ってくれた人を送りだせない。
それを思うと口では言えない気持ち。申し訳ないです。

    聞き取り日 8/10
                     まとめ/文責  鈴木智太郎大鳥居

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