東日本大震災 被災地支援チーム SAVE IWATE

2011年3月11日(金)14時46分頃、東日本大震災が発生しました。岩手県の三陸沿岸地域は甚大な被害を受けました。この災害に対し、民間レベルでできる支援活動に取り組みたいと考え、県内在住有志で「SAVE IWATE」を立ち上げました。

配送報告@山田

山田町内4箇所に物資配送しました。 うち2か所での聞き取り。

1.あの日は家の前を流れている小さな川が、見たことのない溢れ方をしたので、学校裏の山へ逃げました。
津波は泥、がれき、プロパンガスボンベを運んで一階はすべて水に浸かりました。
畳は持ち上がり、内装もガラス窓もぜんぶダメ。家のまわりは流され、残った隣家ではご主人が亡くなりました。
水が引いた後、小魚が家の外壁に貼りついていました。
その後、ボランティアの人たちが50人は来てくれておかげで、一階の泥出しが済んだのです。

近くの避難所で生活したのは5月の連休まで。
電気、水道を早く引いてもらうよう、役場に何度も陳情しました。
と云うのもこのあたりに泥棒が出るようになり、無事だった2階で生活するためでした。
気味の悪い出来事です。

お風呂は自衛隊が準備してくれた共同風呂でした。いつも混んでいて暗かったけど、いい気分転換でした。

在宅になると、避難所にある物資は廻ってきません、情報もです。

いまは余震に敏感になって精神的に怯えてます。夜は恐怖を覚えます。
次に地震が来たらすぐ皆で逃げられるよう、車のガソリンはいつも満タンにしています。

ここには幽霊が出るんです。親の私には見えませんが、家にいると子どもが、
「ママ、腰の曲がったおばあさんがいるよ」
トイレから出てくると、
「ママ、男の人がトイレの中歩いてたよ」
あれだけの災害ですし、すぐそばで自衛隊の人たちが合掌しているのも見ました。
幽霊が出てもおかしくはないでしょう。
子どもは怖がってはいないので、そのままにしています。

2.地区の半分以上を津波が襲いました。
ここではまだ自治会は動いていません。女性は婦人会を通じて元気を取り戻し始めました。
この地区から出て行った人達、仮設住まいの人達に「婦人会だより」を送って連絡を取り合うようにしています。
男性はまとまりなく、弱っているようにみえます。

流された跡地に自宅再建を望み、地区に戻りたがっている人は何人かいます。
しかし高齢者の方には、時間、お金、方法がないのではないか。そう思っても、私たちにはなにも云えません。
せめて災害復興住宅が出来ればいいのですが。

婦人会では在宅ひきこもりを防ぐために「この指とまれ」というサークルを作り、月2回活動しています。
今日は17〜8人参加しています。

多くの船が流され、多くのフライ旗が家に残りました。フライ旗って大漁旗の事です。
縁起物ですからもう使うことはありません。新しい船に新しいフライ旗を誂えるのです。
残ったフライ旗を地区の皆さんに声掛けして、集めて、その生地で半纏を作ろうと計画しています。
にぎやかな柄だから、作って着るとたのしいでしょう。
皆で集まって作ろうと思います、作ってたのしもうと考えています。

聞き取り日 3/13     まとめ・文責:鈴木智太郎

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