東日本大震災 被災地支援チーム SAVE IWATE

2011年3月11日(金)14時46分頃、東日本大震災が発生しました。岩手県の三陸沿岸地域は甚大な被害を受けました。この災害に対し、民間レベルでできる支援活動に取り組みたいと考え、県内在住有志で「SAVE IWATE」を立ち上げました。

嬉しい話in宮古

ご存知の方も多いことと思いますが、SAVE IWATEにはご自身被災されながら一緒に活動している仲間が何人もいます。
盛岡で活動に参加している方もいれば沿岸部で活動に参加している方もいます。

そんな中の一人、今まで物資支援の届かなかった世帯を掘り起こし、宮古市で精力的に支援物資の配布を行っている方がいます。

私たちは昨年、このNさんからの要請を受けて粉ミルクと子供用オムツをNさん宅にお届けしました。
これはNさんのお知り合いで、旦那さんとお子さんと3人で暮らしてらっしゃる、いわゆる在宅避難者のAさんのための要請でした。

Nさんは、Aさんの旦那さんが震災後無職となり、毎日義援金を使ってパチスロに通っているという話しを聞き、あまりにもAさんがいたたまれなくなって支援物資をお届けすることを考えたそうです。

ここまでは地元の人同士では良くある話しかもしれません。
ただ、ここから先が違いました。

Nさんは、「小さいお子さんを抱えている世帯の大黒柱が、そんなことではいけない」
と、なんとか旦那さんに危機意識を持って頂くため、Aさんにオムツと粉ミルクをお渡しする際に条件を提示しました。
つまり、支援の条件です。

「(要約)今回お届けした物は旦那さんに全部見せちゃダメ。支援してもらったと言って全部見せたらいくらでも支援してもらえると思っちゃうから。
小出しにして、何しろ旦那さんに子供のことも今後についてもまじめに考えてもらえる様に言い続けなさい。」と。

これ、中々言えないことです。
お届けする先の方々の状況をきちんと踏まえていないと到底言えることじゃありません。
地元だからこそ、外からじゃ見えない情報を知り得るからこそ出来る気遣い。

先日、NさんにAさんから連絡がはいりました。
旦那さんが、
「いつまでも物資もらって子供食わせて…こんなことじゃダメだな。
職業訓練校に通って資格を取って仕事を見つけてくる。」
と、先日訓練校に通い始めたとのこと。

もちろん支援物資を受け取ったことが全てじゃないかもしれません。
だけど、私たちが全国/全世界の支援者の方々からお預け頂く支援物資(想い)が、沿岸のとある家族の踏み出す新しい一歩のきっかけになったのなら、お預かりした想いに対する責任を果たせた一つの例として、是非皆さんに共有すべきエピソードの様な気がしたのです。
何より私は無条件に、とても、とても嬉しかったです。

SAVE IWATEは支援物資による復興支援を今後も続けていきます。
ゼロには出来ない現状が未だに其処此処に見え隠れしているからです。
ただ、規模は縮小していく必要があると思っています。
より効率的に、より効果的に少量をお届けするカタチに切り替えて行く必要があります。

地域の、個人の自立の妨げになると言われ始めた物資支援ですが、今日は自立を促す新しい物資支援のあり方のヒントを頂いた様な気がします。

情報提供:鈴木

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