東日本大震災 被災地支援チーム SAVE IWATE

2011年3月11日(金)14時46分頃、東日本大震災が発生しました。岩手県の三陸沿岸地域は甚大な被害を受けました。この災害に対し、民間レベルでできる支援活動に取り組みたいと考え、県内在住有志で「SAVE IWATE」を立ち上げました。

ボランティアを体験して

  大鰐と足利、宇都宮から来てくれたボランティア5人から、活動の報告を頂きました。これからボランティア活動をしたいと思っている方の参考になると思います。ボランティアは被災地に入ることの他に後方支援として、盛岡や遠野での活動も重要です。

4月19日
遠野まごころネットでの足湯のボランティアが急遽小学生に贈るオモチャのセット作りのボランティアになった。
雪が降り、遠野浄化センターのテントで、とてつもなく寒い中の作業。
足利では桜が散り始めたところだったので、岩手の4月にびっくり!
吹雪のような風でテントの幕がめくれるのを5人のうちの1人はひたすら押さえ続け…
私達女性4人は子供達の笑顔を思い浮かべながらリカちゃん人形やウルトラマンと格闘すること3時間!約200名分のセットを無事に完成させた。一緒に遊べるといいなぁ~
仕分けは大変な作業だなぁ。オモチャの中に雨具があったり毛布があったり…。実際にやってみるとボランティアの人達の苦労がわかってきた。感謝感謝。
作業終了後、釜石、大槌をまわり、初めて被災地を見た人は言葉を失った。
初めに出た言葉は「できることは何でもさせていただきたい」だった。

4月20日

 陸前高田市のあまりにも広範囲な被害の大きさに皆、声を失いました。
震災から1ヶ月が過ぎ…避難場での生活は大変な苦労があると思われました。 少し高台にある光照寺のご住職(知人の兄)にお話を伺いました。何が一番必要ですか?とたずねると「電気」だと言うことでした。火葬場と寺は下から電気を引いていたので未だに復旧できていないとのこと。
水は1日に1回給水車が来るということです。浄水場が海水をかぶり水の塩水濃度が高く、こちらも未だ復旧できていない状態。水は広範囲の所が困っている様子で家の窓に「給水お願いします」の張り紙を見つけました。
次にお寺の裏手にある老人ホーム高寿園に物資を届けに行きました。
ここには避難している人230人、元々の入居者が100人職員70人全体で400人の人達が生活をしていました。食事は入居者の方達と避難されている方達は別になっていて、その日によって食糧が足りない時もあり、水、食糧の支援は有難いということでした。
今日は炊き出しのボランティア(SVA)が入り、子供達の要望で夕食はハンバーグが出るようです。炊き出しのボランティアは要請しているのではなく、団体からの申し出を待っているということです。
美容師さんのボランティアも来ていました。今日が米沢小と高田小の入学式でお母さん達の希望があったそうです。
陸前高田では様々なボランティアが必要だと感じました。

                                   以上 報告 木村克子

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木村さん達は車に寝泊まりすることを覚悟で寝袋持参でしたが、番屋の近くにお休み処という宿があります。明治中期に建てられた盛岡町家とよばれる八百屋の建物。使い込まれた柱や床板が懐かしいです。こちらはボランティアは3500円で泊まることが出来ます。10人ほど宿泊可能ですが、混み合った時は相部屋となります。

鉈屋町には常時30品ほどの手作りのお総菜を売っているお店があります。おにぎりは注文を受けてから握りますので、ほかほかです。これを買い求めて、お休み処に宿泊するのもおすすめです。朝食は徒歩で行ける「朝市」へ是非どうぞ。近郊の農家の方が午前4時頃からお店を開いています。盛岡弁を聞きながら、季節の美味しい物を探して下さい。

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