東日本大震災 被災地支援チーム SAVE IWATE

2011年3月11日(金)14時46分頃、東日本大震災が発生しました。岩手県の三陸沿岸地域は甚大な被害を受けました。この災害に対し、民間レベルでできる支援活動に取り組みたいと考え、県内在住有志で「SAVE IWATE」を立ち上げました。

胸に手をあてて 問うてから

SAVE IWATE 副代表の斎藤純さんが被災地に物資を運んで行きました。そのレポートをご紹介します。

9日(土)、大船渡リアスホールで焚き出しの支援活動をしている「さんさんの会」に、物資(プロパンガス釜2台、ズン胴鍋7つ、紙コップいっぱい)を届けてきました。

リアスホールは避難施設としては恵まれているほうとのことですが、廊下に寝ているような状態で、一刻も早く仮設住宅が必要だと痛感させられました。

その後、三陸町綾里の廣洋館から依頼のあった物資を届けました。大船渡中心部は瓦礫の処理が着々と進んでいますが、町外れはまだ生々しく、同じ標高でも被害の大小があるなど、津波の動きの謎を垣間見たような気がしました。

廣洋館のご主人とは共通の知人がいました。いろいろとお話をうかがった後、陸前高田へまわりました。八木澤商店の河野和義さんにお会いするためです。

支援基地になっている陸前高田ドライビングスクールで、河野さん親子は精力的に支援活動を行ってきました。今後はNPO法人遠野・山・里暮らしネットワークに引き継ぎ、河野さんらは八木澤商店の再建に取り組むとおっしゃっていました。
「オレはやるよ」
河野さんは私の手を力強く握りました。
被災した企業がどんどん人材を解雇している中で、八木澤商店は何もかも失ったにもかかわらず、新規に二人採用しています。再建のためには若い人材が必要だからです。

ほぼ壊滅した陸前高田を目の当たりにして、私はただ呆然とするばかりでした。津波の凶暴さを改めて思い知らされました。自分がこの土地の人間だったとして、ここを復興させようという気力をふりしぼることができるかどうか。私には自信がありません。それだけに、河野さんらの姿に私は強く打たれました。

そして、この日に見た海の穏やかさも印象に残っています。海は凶暴さのひとかけらも感じさせず、穏やかに波うっていました。

被災地では他県ナンバーのクルマもけっこう見かけました。ワゴンは支援物資を運んできたのでしょうか。スポーツカーに乗ってきて写真をばしばし撮っている野次馬もいました。休日にはよく見られる光景だそうです。胸に手をあてて、被災者の子どもの目をまっすぐに見ることができるか、と問うてから現地に足を踏み入れてほしいものだと思います。最後にハイエースで活動に参加してくれた永年の友人クマさんに感謝します。
                        寄稿 斎藤 純

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