東日本大震災 被災地支援チーム SAVE IWATE

2011年3月11日(金)14時46分頃、東日本大震災が発生しました。岩手県の三陸沿岸地域は甚大な被害を受けました。この災害に対し、民間レベルでできる支援活動に取り組みたいと考え、県内在住有志で「SAVE IWATE」を立ち上げました。

助けていただきありがとうございました

4月6日物資を積んで船越に向かったsave iwateボランティア3人の乗った車が途中で故障してしまいました。困っている時、通りかかったお二人が、親切に助けて下さったそうです。6日の予定は翌7日に無事完了しました。Y先生(岩手大学を退官したばかり、熱心に活動してくださいます)から詳細な報告がありましたのでご紹介します。

以下レポートの一部

 「山田町出身のK氏、S氏のご好意で車に乗せてもらい、10時半に出発し、宮古~山田~大槌~釜石と被災地をめぐり、18時半に帰着した。」

 Kさん、Sさんはご兄弟で、たまたま前日の6日にY運転の車が故障して立ち往生していた際に自動車運搬の用務中に通りかかり、その場で故障を確かめて現場で待つように指示、小1時間ほどで引き返して来て故障車を修理工場へ搬送した上に、番屋(事務所)まで支援物資と搬送メンバーを送り届けて下さったのであるが、山田行きの目的を知って翌日の山田町までの送迎を申し出て下さった。山田町行は避難所の船越保育園へ支援品搬送が目的であったが、両氏から「どうせなら被災地を案内してあげましょう」と申し出があり、被災当時のお二人の体験をいろいろ伺いながら4つの被災地の状況を見ることができた。両氏とも、間一髪で死を免れたものの自宅は全壊、多くの友人知人を失った悲痛な体験をしておられて、被災地のあまりにも悲惨な状況を知って伝えてもらいたいという思いが伝わってきたが、説明はあくまで淡々としたものであった。とはいえ、両氏の言葉の端々に、故郷山田への愛着と再建の困難さ故の不安が伝わってきた。

 今回は、避難所の船越保育園へ物資を届けるとともに、被災地の支援状況を見てくることも目的としていたので、船越保育園の他、山田町役場と大槌町役場の支援窓口にも立ち寄って被災地支援の状況について尋ねてきた。
各被災地の印象
<宮古> 破壊された地区の近辺にも健在な家々があるなど被災が市域の一部で、市役所も健在、車の交通量も多く(国道は渋滞寸前位)で、救援も進んでいるのではないか。
<大槌>
 国道から見渡す限りがれきの山。とにかく被害が甚大で「壊滅」という他ない。役場庁舎はなく、町長以下の多数職員も死亡し、支援受け入れの役場機能も仮設のプレハブで事務機器もなく不自由している様子であった。救援が行き届かないところが出ても不思議はない。がれき撤去も手がつけられたばかりという印象で、救援の行政機能の回復にも時間がかかりそうである。
<釜石>
 被災した海岸地区は見ていないが、TVでくりかえし放映された被災した繁華街は建物の外側は残っているものの、1階(2階も?)は破壊されつくしている。交通量も多く、営業再開のスタンド・コンビニも見受けられて宮古同様の印象。被災していない市街も多く、市庁舎も健在で被災支援は進んでいるのではないだろうか。

 道中、K氏、S氏からその現場で個人的な被災体験を聞き、被災後の状況なども語ってもらったので、大災害の情況が身に迫り、まさに「百聞一見に如かず」であった。

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